変な手紙
昔は若い人の必読書に挙がることも多かった武者小路実篤も、最近はさっぱり読まれていないような気がします。作品も同人であった雑誌「白樺」の頃のはまだいいのですが、新しき村を始めてからはどうも、な気がします。本人も晩年は絵の方がよく売れるので主力をそちらに移していたようです。観光地の土産物のような色紙を大量生産しました。人生、出たとこ勝負!みたいな気持ちが何となくうかがえます。
これは手紙なんかにもよく表れています。小泉鉄という「白樺」同人に宛てた明治44年の手紙です。
「君の原稿は僕の処へ置いて行つたらうと思ふが如何?入れておくべき処にないので心配して一寸捜してみたが見えない 僕の処にあればばなくなるわけがないから本気になって捜すが持つて帰つたやうにも思はれるので気にはなりながら本気で捜せない 僕の処にあるのなら至急返事してくれ玉へ」
何か変な手紙でしょう?無責任な図々しさも感じます。「本気で捜せない」には、まずお前が本気で捜せ!と怒鳴りたくなります。特に最後の1行が全く変です。「君の処に」でしょう?!
気持ちのままに思っていることを整理せずに書いたらこんな文章になるという、見本みたいな手紙です。友達だから甘え切っているのでしょうね。
何しろ「君は君 我は我 されど仲良き」「仲良きことは美しきかな」の人ですからね。
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2026年6月9日 | コメント/トラックバック(0) | トラックバックURL |


