天牛新一郎さんの話

一度は、天牛新一郎さんの話をしておきたかったのです。いつもお世話になっている当代天牛書店社長天牛高志氏の祖父に当たられる方です。

私がまだ大学生、いや、ひょっとしたら高校生の終わり頃でしょうか。なんば角座の前のお店に、天牛新一郎さんは元気に座っておられました。

常に嚢中乏しい私の買う本と言えば、店頭の五十円均一本。百円均一本。あれこれと選ぶ楽しみは格別でした。時たまバイトでお金が入った時などは、店内の本も買えたと思います。ともかく一冊か二冊を手にしておずおずとカウンターの中の天牛さんに差し出すと

「へ、おおきに」と頭を下げられて、ちらと裏の見返しを見て「○○円でございます。ありがとさんで。これちょっとお包み」と隣の店員さんに渡されます。包装された本を手にお店を出るときに、また「ありがとうございます」と声をかけていだけます。何日かするとまた行きたくなったものです。

こう書いているだけで、その時分の天牛さんのお顔や声の記憶がありありと甦ってきます。横には大抵、蒐文洞尾上政太郎さんが居られたと思います。尾上さんがやたらと大きい、しかし聞き取りにくい声で何か言われると天牛さんは、

「へえ、さいでっか、えらいもんだんなあ」という感じで、穏やかに受けておられました。

当店のお客様で、天牛さんの思い出話をしてくださる方がおられます。その方からお聞きした話。

あっと、これはまた次に。


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