景清の目
桂米朝さんが亡くなって最も大きな損失は、「景清」のような噺が高座では聞けなくなるだろうという事です。
これは難しい噺です。鏨師の定次郎が目を病んで仕事ができなくなったが、甚兵衛さんのアドバイスで清水寺の観音さんを信仰してその力で、奉納されていた景清の目を授けられて開眼するという筋です。
目の不自由な人の捨て鉢な気持ちの表現や、甚兵衛さんの親切な諭し、超自然的な観音さんの出現などなど、シチュエーションが激しく入れ替わりますので難しいのです。高座で聞かないと、本当の面白さはわからないと思います。誰かが精進して伝えてほしい噺です。
「米朝落語全集」第二巻に収録されていますが、その解説で米朝さんは「この話は古くからあって(略)当時の内容がどんなであったか、詳しいことは判りません」と書かれています。
森銑三さんの「星取竿」という、江戸時代の笑話本からダイジェストした本を読んでいたら、元禄頃の「軽口大矢数」から、「祇園景清」と言う話を紹介されているのが目に留まりました。
観音さんから景清の目を与えられた人が、祇園の禰宜たちを頼朝と見違えるという落ちまで付いています。
これが骨組みになって、だんだんと噺が練り上げられたと思います。
若い噺家に頑張ってもらいたい。
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2016年5月13日 | コメント/トラックバック(0) | トラックバックURL |
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