安部さん
今日は安部公房の誕生日です。1924年生まれですからちょうど生誕100年になりました。私の若い頃は新潮文庫で彼の作品がたくさん文庫になっていて次から次と読んだものです。
「砂の女」と戯曲「友達」に最も感心したことを覚えています。「第四間氷期」もSFチックな内容に魅せられました。文庫本のカバーに奥さんの安部真知さんの不思議な絵が使われていたのが懐かしい。「箱男」辺りまでは何とか読みましたが、次の「密会」からなんとなく読むのが面白くなくなり、以後は読者とは言えなくなりました。
でも世間では川端の次にノーベル文学賞を取るのは安部公房だと言う評判で、三島よりも現実味がありました。私もそれは認めますが、やはりピークは「箱男」にゆくまでだと思います。
生誕100年を記念して新潮文庫では今月の新刊で、久々に彼の遺作「飛ぶ男」を出しました。平成7年に「カンガルー・ノート」を出して以来ですから実に29年ぶりということになります。
読んでみようと思います。
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隆さん
昨日、2月28日はフランス文学者の辰野隆の命日でした。1964年に亡くなりましたから没後60年です。彼は東京駅や日銀本店を設計した建築家、辰野金吾の息子でした。
自身は東京大学文学部のフランス文学科を出て、母校の教授として大勢の人材を育てました。その中には渡辺一夫や小林秀雄、今日出海、太宰治、福永武彦、大江健三郎など、綺羅星のような人材にあふれています。小林秀雄などは辰野隆からしょっちゅう本を借りて行ってはページの間にフケをいっぱい挟んで返したそうで、そのフケを払い落とすのがひと仕事だとぼやいたとのこと。
また、座談の名手としても有名で、天皇の前で徳川夢声、サトウハチローらと放談したのが「天皇陛下、大いに笑う」という記事にもなったくらいです。またエッセイストとして沢山の著作を残しています。大学の先生で随筆全集のようなものを出したのはこの人が初めてだそうで、それ以後、同種の出版が続きました。
まあ、良き時代の名物教授だったわけです。
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芸術院
先日、新しく芸術院会員に推挙された人たちが報道され、その中に萩尾望都さんと筒井康隆さんが入ってました。漫画家と小説家ですが、大雑把に言うとお二人共SF畑と言っていいでしょう。
筒井康隆さんはお若い頃は何度も直木賞の候補になりながら受賞せず、その鬱憤をあからさまに小説にしたり、日記として発表したりされていました。寄席の例えでいうと正統な落語が芸術で、手品や漫才、音曲物などは色物として、一段低く見られていた時期がありましたが、SFはまさに文壇では、そんな扱いを受けていたとおっしゃるのでした。
それが「夢の木坂分岐点」が泉鏡花章を受賞した辺りから評価が変わってきて、新潮社の純文学書き下ろし作品シリーズで「虚航船団」を出して完全に文壇の正統的位置を占めました。
それが今回は芸術院会員です。筒井さん本人はおかしくてたまらないだろうと思います。筒井さんご自身は書くものも考え方も変わっておられないからです。
つい先日、最後の小説を発表されたばかりですが、そんなことを言わずに、相変わらずのショッキングな作品を芸術院会員として発表していただきたいものです。
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2024年2月26日 | コメント/トラックバック(0) |
黒岩さん
今日は作家の黒岩重吾の100回目の誕生日です。大阪、天王寺を舞台にした作品をたくさん書かれました。また後半は、日本の古代史に題材をとった歴史小説を残されました。
波乱にとんだ生涯で、若い頃はイカモノ食いのグループに入って、腐った肉を食べて体が麻痺し、仕事もできなくなり占い師で生計を立てた時期もあるとか。
歴とした大阪出身の作家ですが、言葉とかも東京人と余り変わらなかったそうで、コテコテでないのが少し残念です。
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三十五
今日は直木三十五の命日です。1934年に亡くなりましたからちょうど没後90年。大阪の古書会館の近く中央区安堂寺町の生まれです。本名は植村と言いましたが、「植」の字を分解して「直」「木」としてペンネームにしました。
市岡中学を出て、しばらく谷町6丁目の薄医院でアルバイトをしています。親戚の友人という事でした。この薄さんの取りなしで、親が反対した早稲田大学に入学していますから、恩人と言えるでしょう。
薄さんは相撲取りが大好きで応援していました。今でも相撲の後援者を「たにまち」と言うのは、この薄さんの住まい、谷町から来ているそうです。
直木自身は相撲が好きだったか知りませんが、囲碁将棋はとても好きだったそうです。囲碁は日本棋院から初段を贈られています。将棋の方はそれほどではなかったらしいがそこそこ強かったようです。「文藝春秋 直木三十五追悼号」に棋狂子というペンネームの人が思い出を書いていました。
文藝春秋の麻雀大会で、その人が手持ち無沙汰で作家の池谷信三郎と将棋を指していてあっさり負かすところを直木が見ていて、池谷のあとに将棋盤の向こうに座った。駒を並べ終わって直木の方をふと見ると大駒が2枚無い。大変な自信です。棋狂子がカッとなってまともに指せないので、直木がゆうゆうと攻めてくる。
これではいけないと棋狂子が落ち着いて考えて指し始めるとたちまち形勢逆転。すると直木はさらりと駒を投げると「失敬」と低く一言、ぷいと立って姿を消してしまったそうです。
まあこのことからも判りますが、マイペースで人の意を気にしないところが有ったようで、家賃18ヶ月滞納事件や色々言われています。
しかし大阪生まれの作家として、10年後の没後100年をターゲットにして、もう少し大々的に顕彰しても良いと思います
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