それはない
値上がり値上がりで生活が大変、という空気が当たり前になっています。それに合わせて簡単に値上げできないのが古本です。大体、一冊一冊に値段をつけていますから、書き換えるなどできないことです。これは古本屋のほうで我慢するしかありません。
心苦しいのは郵送料がここ何年かでかなり上がったことです。いくら本が安くても185円以下では送れません。分厚い本になると送料が600円、それ以上になる事もあります。古本の通信販売はお客様には送料は後でお知らせすることが多いので、それを見てぎょっとされることもありそうです。
ですから、出来るだけ送料を安く抑えるために、つまり郵便物の厚さを抑えるために、本の保護をする資材、例えばプチプチなどで本を包むのをやめる場合もあります。プチプチを巻くとそのためにワンランク上の郵送料になってしまうという場合がまま有るのです。
ビニール袋やОPPの袋には包みます。せめてそれくらいはね。私も時々通信販売で本を買うのですが、中には、その袋さえ無し、ただ薄い紙封筒に本だけ入っているというのに最近出会いました。いくらなんでもそれはないやろ、と思いましたね。
古本 買取 泉佐野市
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2026年3月6日 | コメント/トラックバック(0) |
また出ている
今、私の横にはお客様からのご依頼で引き取ってきた月刊誌「レコード芸術」が10冊ほど積み重なっています。これが売れないんですよね。でも下手に手を出すとつい読んでしまって時間が溶けてゆくので、めったに開くことはできません。
1952年に創刊されて2023年の6月に休刊された雑誌です。私が最もよく読んだのは高校時代から大学時代にかけて、1970年代のクラシックLP全盛時代です。当時は新録音も沢山出ていましたから、広告の量も半端ではなく、今私の横にある休刊直前のものの倍の厚さはあったでしょう。400頁は軽く超えていたと思います。
その厚かった雑誌を、広告も含めて隅々まで読んで飽きなかったという友人がいます。私も負けません。当時の表紙のいくつかは今でも鮮明に覚えています。この雑誌の休刊が決まった時、惜しむ声が多く聞かれました。それに応えるように、今は「レコード芸術 on-line」が配信されているようです。
でも、当時のレコード会社のイメージカラーが決まっていた広告ページが、雑誌の半分を占めていたあの分厚い雑誌「レコード芸術」とは全く別物でしょう。読んでみたいとはあまり思いません。
古本 買取 泉佐野市
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出版社、力が入る
今日で「週刊新潮」が発刊されてちょうど70年になります。1956年からです。この雑誌は懐かしいです。小中学生の頃、親が喫茶店をしていましたから、毎週、店に置いてあったのを見ていたのです。
記事なんかは読まなかったです。ちょうど真ん中が見開きのカラーページで、日本や欧米の画家、彫刻家の作品の新し目のが掲載されていて、楽しみでしたね。荻須高徳やヴラマンク、林武、海老原喜之助、東山魁夷、牛島憲之などの作品を知ったのもこのページでした。そうそう、天才少年画家と言われたクロード岡本も一度取り上げられていました。森の中の家を柔らかいタッチ、色彩で描いていましたっけ。日本の作品については、洋画日本画のバランスがうまく配分されていました。
もちろん表紙絵は一貫して谷内六郎の世界。表紙についての画家自身の小さなコラムも誌的で良かったです。毎週木曜日になるとテレビから「週刊新潮は明日発売されまあす」という女声のアナウンスと共に「夕焼け小焼けのあかとんぼ」のメロディーがピアノで流されました。
新潮社、力が入っていたんですね。
古本 買取 岸和田市
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2026年2月6日 | コメント/トラックバック(0) |
爆発
1996年1月7日、今からちょうど30年前に岡本太郎が亡くなりました。84歳でした。この人、生きているときは何となく胡散臭い人やなあと思っていたのですが、ゆっくりと彼の画業やあの万博のいろんなモニュメント、特に太陽の塔を見ているとやはり大変な才能の持ち主だったと思います。
彼に70年万博の主たるコンセプトを託したのは卓見だったと思います。終わったばかりの去年の万博がこのようなレガシーを残す可能性はほぼないのではと思います。大屋根リングも全体を残すならともかく、一部を残すなんてケチなことでは食べ残しのバウムクーヘンみたいでよくないでしょう。
70年万博は日本を挙げてのでしたが、今回の万博は大阪のためのという印象はぬぐえません。岡本太郎からは「爆発してない」と言われるでしょう。
古本 買取 吹田市
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2026年1月7日 | コメント/トラックバック(0) |
前と後
戦後80年が経ちました。80年前、昭和20年を真ん中にしてもう80年さかのぼると何時になるか。年表をご覧になればすぐに分かるのですが、1865年、慶応元年になります。慶応は3年までで次は明治です。
その当時の日本は諸外国との通商条約対応に追われ、国内のあちこちで、諸藩の思惑の下、いろんな動きがあからさまになって、国内は沸き立っている状況でした。それから80年かけて終戦まで突っ走ってきました。そして、2発の原子爆弾を折り目にして今度の80年後は今まさに現在です。
前の80年と後の80年。いろんなことを考えなければならないと思います。
古本 買取 泉佐野市
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2025年8月16日 | コメント/トラックバック(0) |


