ひょっとすると

今日1月14日は三島由紀夫の誕生日とのことです。彼の場合、命日の11月25日の印象が大きいので誕生日がかすんでいました。去年が生誕100年でした。



彼は猛烈な自意識の持ち主だったと思います。なにしろ、生まれた時のことを覚えていると言っていたとか。産湯の時の盥のふちとその向こうに光っている電灯を覚えているらしかったです。そのような景色は想像できます。当時は多くの人も同じような状況で生まれていると思いますから、共同の深層の記憶を語ったのかもしれません。



何しろ頭の良い人ですから、ひょっとしたらひょっとしますが。



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仕返し

1976年と言いますと50年前です。50年前の今日1月13日、作家の舟橋精一が亡くなりました。この人こそ最近は全く読まれなくなりました。生前は文化功労者にもなり、横綱審議会の委員長なども務めました。作家の馬主としても草分け、自家用車を持ったのも草分けなど、物質的には恵まれていましたが、出版社や編集者たちからは敬遠されていました。



何ともわがままだったそうです。祖父は財閥の偉いさん、父親は東大教授、本人も東大卒業と、プライドが高くなる要素に囲まれていました。有名な話ですがある出版社が日本文学全集を企画したところ、彼は2人で1冊に割り振られたのに腹を立てて、自分の作品の収録を断ったそうです。



色んな文学賞の選考委員でしたが、自分の作品が受賞するように圧力をかけることも平気だったそうです。このような姿勢がたたったのか、著名な割に生前、死後を通じてどこからも個人全集はおろか、著作集や作品集といった形でさえ出ていません。



仕返しされたんでしょうかね。



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漱石鴎外龍之介

大正5年の今日12月12日に夏目漱石の葬儀が執り行われました。享年49歳ですから、今から考えるとその若さに驚きます。子供は大勢いましたが、まだまだ幼くもちろん孫はいませんでした。なんだか孫の10人もいそうなと思うほどその人物像は老成していました。



葬儀の受付に芥川龍之介が立っていて、その芥川に、葬儀に駆け付けた森鴎外が名刺を渡しています。名優が3人そろったみたいですね。6年後に鴎外が亡くなり、さらにその5年後に芥川も自殺してしまいます。つまりたった11年の間に3人の大作家が亡くなったわけです。



3人が3人とも死後に岩波書店から全集が相次いで(鴎外だけ少し遅れますが)出されます。何かすごい偶然ですね。



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マンとゲーテ

岩波文庫がトーマス・マンの「ファウストゥス博士」全3冊を復刊するという事で、話題になっています。古書価がかなり高くなっていたから朗報でしょう。と言っても今度のは3冊で3500円近くしますから、やはり高い感じです。新潮社の文学全集の1冊でも出ていましたが、こちらはある古書店さんの値段が4000円です。まあ、今は新刊の文庫本1冊が1000円前後が当たり前になっている時代ですから、復刊を買うのが一番いいかもしれません。すぐに品切れも考えられますから。



当店には在庫しているかいな、と倉庫のドイツ文学の文庫の棚を調べるとありましたが、ビニールコーティングされているので、ちょっと売り物になりにくいです。残念。その近所にゲーテの文庫本が並んでいたので、久しぶりに「イタリア紀行」岩波文庫全3冊、「詩と真実」同全4冊、エッカーマンの「ゲーテとの対話」同全3冊、などを手元に持ってきました。



ゲーテのえらそうな書きぶり、嫌いではありません。自伝の「詩と真実」の冒頭はこうです。「1749年8月28日、正午12点鐘と共に私はマイン河畔のフランクフルトでこの世に生まれた。星位は瑞相を示していた。太陽は処女宮の座に位しその日の最高点に立った。木星と金星は好意を以て、水星も反感を持たずに太陽を眺め、土星と火星は無関心の態度をとっていた。(後略)」



どうです、最高にえらそうでしょう。自分の生まれた時の星の位置を書くなんて、王侯貴族みたいですが、ゲーテは中産階級の生まれで、生涯、爵位などとは無縁でした。しかし王侯貴族との交わりは長く続きましたから、自然とそういう嗜好が身に着いたのでしょう。



上に挙げた3つはゲーテの多くの作品(対話も作品とすると)の中で、最も好ましく重要と私は思っています。と同時に品切れになりやすい作品達でもあります。



一度お手に取ってみてください。



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ハーン到着

昨日8月30日はラフカディオ・ハーンが運命の島根県松江に到着した日だそうです。1890年の事でした。135年前です。ここにセツさんが住み込み女中としてやって来ました。後に結婚します。



松江にはあまり長く住みませんでした。翌年11月には熊本の中学の英語教師として赴任します。それから神戸の新聞社に勤めたりして、1896年に東京に移って東京大学の英語教師になります。つまり漱石の前任者になるわけです。漱石も熊本で教えていますから、二人は縁が深いです。



ハーン、いや小泉八雲は「怪談」ばかりが有名になっていますが、日本の細やかな情緒をとらえた随筆も多く、連ドラもあるからこれからまた読まれることでしょう。この人、日本語のスピーキングはあまりうまくならなかったようです。その点、昨日書いたキーンさんとよく似ていますね。



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