鼓さん

先日書いたフィーバー中の「百年の孤独」ですが、訳者の鼓直さんとは何度か言葉をかわしたことがあります。とても本のお好きな方で、阪神間にお住まいでした。



所属している即売会組織の開催する古本市には必ず来場されていました。大量にお買いになる方で、初日などには来られませんが、落ち着いた日の夕方などにお見えでした。ゆっくりと時間を掛けてすべての棚をご覧になっていたようです。



お買い上げ頂いた本はすべてご自宅にお送りになりました。その伝票で鼓さんだと気づいたのでした。事務的な会話だけでしたが、穏やかな、丁寧な物言いをされる、いつも微笑みを浮かべた方でした。



残念なことに何年か前にお亡くなりになりました。今回の御翻訳書の熱狂的な受け入れられ方を御覧いただきたかったです。



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1冊15円

戦後すぐの時代に弘文堂書房から「アテネ文庫」というシリーズが発行されました。文庫本で厚さが60~70ページほど。当初の値段が1冊15円でした。戦後のインフレで徐々に定価30円まで上がり、それで落ち着いたようです。



1956年版の総目録では282冊出ています。結局300冊ほどで打ち止めになったと思いますが、内容的にはカチカチで哲学、思想、歴史を中心に文学、美術、音楽なども少しあり、真面目一方のラインナップでした。書き下ろしが主体でしたので新鮮な雰囲気があったようです。



大変売れたみたいで、ひところ古本屋にゴロゴロありましたが、何しろ薄いので目立たない。いつの間にか、見かけなくなりましたが、西田幾多郎の「寸心日記」というのが例外的に分厚く200ページほどあって、人気がありました。これでも定価は70円でしたから、時代を感じますね。



最近の文庫本新刊はちょっと硬い内容で厚さもまあまあだと、3000円を超えてきたりすることも珍しくありません。



えらい時代です。



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無視されて

カフカの没後100年が昨日だったらしいです。どうりで新潮文庫から立て続けに2冊も新刊が出たわけです。



カフカは宮沢賢治と同じように、草稿の形で多くの作品が残されました。残された、という言い方は変かもしれないですね。実は彼自身は草稿のすべてを焼き捨ててくれ、と友人のブロートに依頼して草稿を預けて死んだからです。ブロートはカフカの頼みを無視して、自分で草稿を整理してカフカの作品として発表してしまったのです。



その整理の仕方がカフカの制作意志と少しずれているのではないかという疑問が少しづつ起こり、最近の草稿研究で整理し直されて、今までとは随分と作品の印象が違う翻訳が出てきているわけです。



カフカからすればどちらにせよ、俺の気持ちを無視しやがって、かもしれません。



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面白いオースター

ポール・オースターというアメリカの作家が最近亡くなりました。新潮文庫からかなりたくさんの作品が出ています。「ムーン・バレス」もその一つ。



題名の「ムーン・パレス」は実在だった中華料理屋の店名だそうです。主人公の青年がよく利用した店です。日本で言えば「王将」みたいな感じでしょうか。孤独な主人公が行き倒れになりかかったときに昔の友人達に助けられ、車椅子の老人の介助のバイトをするのですが、この老人というのがとてつもない人間で、自分勝手で、お喋りで、気難しく、そして優しい。



老人が自叙伝みたいに自分の過去を無秩序に語るのを筆記するのも仕事なわけですが、それがやたら面白いです。読んでいただくしかありません。



なお、この面白さは訳者の柴田元幸さんの訳文の面白さでもあります。



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良い文庫

「日本の古本屋」に音楽文庫をたくさん登録しました。一昔も二昔も前に音楽之友社から出ていた、クラシック音楽に特化した文庫シリーズです。この文庫本でしか読めない本もあり、今でも需要はあると思います。



大田黒元雄や堀内敬三といった、音楽啓蒙書をたくさん書いた人の著作が多いのは仕方ないのですが、そういうのは掘り下げも浅く、流石にもはや生命を失っていると思います。反対に、作曲家のワーグナーが書いた「指揮について」なんかはちょっと他で手軽に読めないので貴重です。



猫が鍵盤の上を歩こうが、名ピアニストが弾こうが音は同じという主張で有名な兼常清佐の著作や、文学に関係したところではホフマンの「音楽小説集」などというタイトルもありました。これらもちょっと珍しい。



まあ、昔は良い文庫が出ていたものです。



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