御熱意

昨日、戦後すぐの怪しい出版社文潮社とその雑誌「小説季刊 文潮」についてちょろっと書きました。実はその雑誌の奥付に編集者として水上勉と書かれているのです。水上勉は無名時代にいろんな職業についていましたが、この文潮社の編集職もその一つだったのでしょう。



ちなみに彼の処女作「フライパンの歌」も文潮社から出ています。昭和23年7月に初版を出し、昭和24年4月には3版まで行ってますからなかなかの売れ行きと言えるでしょう。同書のあとがきで水上は「校正で読みかへしてみて私は後悔した。かやうな不出来なものを(中略)上梓する自分が情けなくなったのである。インフレ下の米塩の資に代ふべく余儀なくされ。文潮社の池澤丈雄氏の御熱意に負けたのである」と書いています。謙遜と思いますが、池澤社長のごり押しの気配も感じられます。



水上勉氏、印税は受け取れたのかしら。心配になりますね。



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詩人、怒る

終戦直後は活字に飢えるというか、命が助かったという安心感からか、本や雑誌が飛ぶように売れました。出版などしたことないような人が何かのツテで紙を手に入れたら、何でもいいから活字を印刷して出せば儲かるという時代でした。大家と言われるような作家が、名前も知らぬような出版社から続々と本を出しました。



そして雨後の筍みたいな出版社は放漫経営のお決まりで資金繰りがつかなくなって、バタバタと倒産してゆきました。作家たちの印税取りっばぐれも多数あったようです。室生犀星の昭和23年から24年の日記を読むと、生々しくその実態が書かれています。



中でもひどいのは文潮社という会社で、自叙伝全集の1冊として犀星の本を出すことになり、印税12万弱で話が付き、原稿も渡したが、肝心の印税が一向支払われない。何か月も催促をつづけたところ社長が「半分はその本の引き渡しで支払う、残金は分割払いでお願いしたい」と、ひらきなおってケンカを売るような話になったので、あきれて文芸家協会の弁護士に取り立て依頼したと犀星は怒って書いていました。



この文潮社の出した「小説季刊 文潮」第1集 昭和23年刊行という、雑誌か本かわからないようなものが手近にありましたから、中を見ると4本の小説をただ並べただけ。いかにも出せばいいという感じです。室生犀星の小説も載っていました。このころから引っかかっていたのですね。



最終的にどう決着したのか、日記にはそれ以後の経過は書かれていませんが、大変な時代があったものです。しかし、室生犀星は原稿料や印税にはかなり厳しかったことがうかがわれて、意外な側面を見たような気がしました。



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古本と島木健作さん

明治大正時代の小説などが昨今読まれないのは以前からですが、昭和戦前のものもさっぱり読まれていません。大変なベストセラーになったような作品も文庫にさえもなっていません。島木健作という作家がいました。戦後すぐに亡くなってしまったのですが、小林秀雄などとも付き合いが深く、彼の「生活の探求」という本はどの家にもあるという感じでよく売れたそうです。



彼は親戚が古本屋をしていて、一時その手伝いをしていました。その時分の経験を書いた「煙」という短編があります。店主に代わって洋書の業者市へ出向く話です。戦前の市会の様子がうまく書かれていて面白いです。高く入札しすぎたと、不安になるところなど、昔も今も変わりありません。



彼が落札したディケンズ全集に8ページの落札があったので市会に戻って返品を依頼していると、遠くで業者達が「高買いしたのを何ページか引きむしって返品するのもよくある手だな」などと言っているのが耳に入ってきます。狼狽しながら返金を受け取って市場を出るのですが、結局自分は何をしても中途半端、もっと実直に生きようと思って話は終わります。



インテリの弱さがテーマですが、こうした好短編が個人全集でしか読めないのはもったいない話です。



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ホームズ170歳

1854年の今日、名探偵が誕生しました。シャーロック・ホームズです。生みの親のコナン・ドイルはもともとお医者さんで、患者が来ないので暇にまかせてシャーロック・ホームズを主人公とした短編の探偵小説を書いて発表したところ、たちまち有名作家になったという事です。



探偵小説分野の開拓者と言われていますが、これはやはりポーでしょう。コナン・ドイルはいろんな分野の作品を書いています。SF、冒険小説、歴史小説、そして心霊術の本など。



なんといってもシャーロック・ホームズを作り出したのが作家としての彼にとって最も決定的だったでしょう。ホームズは小説中の人物にもかかわらず、あたかも生きていたかのごとく、人物像が深められ、肉付けされました。こうしたことを趣味的にする人をシャーロキアン、などと言うようになりました。冒頭に書いた生年月日なども、彼らがホームズ物の小説をいろいろと詳しく読んで、この日だろうと定められたという事です。



ホームズが住んでいたと小説中で書かれていた場所、ロンドンのベイカー街は今や聖地化されて、多くの観光客がおとずれています。



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犬の話

動物好きの人は多いですが、便宜上、おおざっぱに犬派と猫派にわけてみましょう。もちろんどちらもお好きな人もおられるでしょうが、どちらかという事で分けられると、私は犬派のようです。現に今飼っているので3匹目です。最初からだと30年ほどになるでしょうか。



文筆家の中で犬派は川端康成、安岡章太郎、江藤淳、中野孝次各氏が有名で、それぞれ飼い犬のエッセーを多く書かれています。少し古い人ですが、社会主義者の荒畑寒村も無類の犬好きでした。



先に挙げた人たちは血統の正しい犬を好んだようですが、寒村は駄犬主義者でした。拾ったり貰ったりした犬をひたすら可愛がるのです。寒村本人が餌をこしらえ、病気の看病をしたのです。最後に飼ったのは珍しく純血種の紀州犬で「麗」と名付けたそうです。立派な犬で可愛がったと書いています。散歩は奥さんの役目だったそうですが、病気になって連れてゆけなくなった。寒村も外を気安く歩けないので、犬に「勝手に1時間ほど散歩して帰っておいで」と言い聞かせて、2、3日はそれで無事だったのですがある日、夜になっても帰ってこない、翌日になって、列車にひかれていますよと知らせが来ました。



行ってみると確かに麗です。少し高い土手の上の線路でひかれたらしいが、どう考えても不思議である、これはどうも、もう散歩に連れて行ってもらえない、自分がいては迷惑になると麗が思って自分で死んだのではないかと寒村は考えました。



それ以後、寒村は犬を飼わなくなったという事です。「寒村茶話」の中の「自殺した犬」に書かれています。かわいそうな話です。



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