ラジオ100年

100年前の今日、東京放送局が開局、ラジオの本格的な普及が始まりました。私の母親がその年の5月18日に誕生していますから、ラジオと共に育ったといえるでしょう。



私も幼いころからラジオは親しみやすい娯楽でした。なにしろ病気で小学校3年までは通算2年ほど、家で寝ていましたから、楽しみは本とラジオでした。当時は歌番組と演芸、相撲中継にはまり込んでいたようです。



ラジオと共に育った母親が息子の楽しみのために、私個人専用のラジオを用意してくれたものと思います。ありがたい事でした。そのためか今でも車中などではいつの間にかラジオをかけています。



テレビと違って、多くの部分を想像力で補う必要がありますから、ラジオは格好のボケ予防アイテムだと思います。



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初夢を

元日の夜に見る夢を初夢というらしいですが、私の見る夢はわかっています。多分、即売会の夢だと思います。去年の末くらいから、続けさまに古書即売会の夢ばかり見ているんです。



それも売れて売れて困っているような夢だったら良いのですが、どうも準備不足で本が足りなかったり、会期が終わって撤収するのにトラックを頼んでなくて、さて誰の車にお願いしようかと悩んでいたりと、困っている夢ばかりです。疲れるんですね、こういう夢は。



それだけ商売熱心な証拠かもしれませんが、せめて初夢くらいは和やかなのが見たいものです。



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素早い

先日、家の前の溝掃除、泥カキ掃除のことを書きましたが、実は1か所、カイショの鉄格子が持ち上がらずに掃除できませんでした。のぞくとかなり木の葉や泥がたまっているのが見えます。鉄格子はどうやっても持ち上がりません。



次回の掃除の日に持ち上がらないと困りますので、市役所へ行って道路公園課という窓口で事情を話すと、午後に2人がやって来てくれました。バールのようなものを鉄格子の隙間に突っ込んで何度かぐいと引き上げると、ジャリっという音がして格子が上がりました。



どうやら格子と、カイショのコンクリートのカマチの隙間に小石などが入り込んでそれが抵抗して開かなかったとのこと。聞くとなるほどです。



泉佐野市の道路公園課の方たち、素早い対応、ありがとうございました。



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厳しいのかな

世間では日曜日以来、なんだかだ言ってます。大敗北だとか、厳しい審判だとか。私はそう思いません。本当ならばもっと負けないといけないのです。責任ある人たちが組織的に犯罪行為に限りなく近いことを長きにわたってしてきたのですから。



この程度で済んだのは目つきの悪いアンパンマンの頑張りだと思えます。過去に長期に中枢にいた人たちが慢心して金銭感覚もおかしくなっておごり高ぶってきた結果なのですから、強く非難されるべきは今はいない人です。



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起重機

相撲取りだった明武谷さんが先月に亡くなられていたと知ってびっくりしました。申し訳ないですが、もっと前に亡くなられていたと思いこんでいたからです。86歳でした。相撲取りは比較的に短命な人が多い中、長生きされたと思います。



現役時代は端正で掘りの深いマスク、長身で筋骨型の体型、静かな雰囲気で人気のあった力士でした。身長を生かした得意の吊りが出ると場内湧いたものです。人間起重機と呼ばれていたと思います。



信じておられた宗教との兼ね合いから、引退後は角界に残らず、一般人として生きられたとのこと。とても懐かしいお相撲さんでした。御本名が明歩谷清さんと知ってまたびっくりでした。一字だけ変えて四股名にされていたんですね。由緒ある四股名とばっかり思っていました。



ご冥福をお祈りいたします。



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2024年3月15日 | コメント/トラックバック(0) |

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