ヘッセとトランク

カフカは未だに読みつがれているようですが、昔、若者必読と言われていたヘッセはさっぱりみたいです。「車輪の下」や「デーミアン」など、誰もが一度は本の名前くらいは聞いたことがあるはずです。ところが今では、彼が庭いじりをした話や読書などのテーマ別に文章を集めた文集が読まれているくらいではないでしょうか。



彼は青年向きの甘い恋愛小説家みたいなイメージを持たれがちですが、実はちょっとにがい厳しい作品のほうが多いほどです。「幸福論」などという文庫本もありますが、読んでみるとわかりますがハッピーなことはあまり書いていません。第一、「幸福論」は14ページほどしかなく、他は小品集です。



その冒頭にあるのは「盗まれたトランク」というあまり幸福ではない話です。旅先から家に送ったトランクが駅で紛失します。損害賠償の裁判のときに必要だからと、弁護士から品物と価格を書いておくようにと言われます。色々と列記してゆくと自分は大変な金持ちなんだと思い至ります。



つまり当時はドイツが第1次世界大戦で負けて、天文学的インフレに襲われていて、物も手に入らない状況だったのです。トランク自体や入っていた服、下着なども大変高く見積もられました。しかし彼はそんな物よりも40年愛用したハサミや友人から送られた手製の旅行用毛布など、かけがえの無い物を惜しむのでした。



ここを読むといかにもヘッセらしいつつましさにしんみりとなります。自分のことを振り返ると、こんなに愛用しているものがまわりにあるだろうかと自問してしまいます。ついつい100均ですましている安易さに気がつくのでした。



結局、駅の手違いでトランクは発見されてヘッセのもとに戻り、幸福な話になってめでたしです。



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