米朝さんの事

落語の事をもうひとつ。

桂米朝さんの大ネタは沢山あります。「百年目」「地獄八景亡者戯」「らくだ」「三十石」そして「たちぎれ線香」。

最後にあげた「たちぎれ線香」はあまり笑いはありませんが、後半のしんみりした情緒、情感は文学的です。

大店の若旦那が花街の若い芸伎小糸にいれあげて、番頭から、百日の蔵住まいを仕置きとしてさせられます。小糸から手紙が来た事を、百日目に蔵から出た日に知らされて、番頭を言いくるめて店を飛び出して小糸の元へ飛んで行きます。

ところが小糸は死んでいた。置き屋のおかあはん朋輩衆と、小糸を偲んで悲しい酒を飲んでいると、小糸の為に若旦那が誂えてやった三味線がひとりでに「黒髪」をかなで始めます。若旦那の、生涯めとらぬとの誓い。突然、三味線が静かになる。もっと聞かせてほしいという若旦那に、おかあはんが「もう、弾きまへんやろ。仏壇の線香がちょうどたちぎれました」

花街ならではの、線香をくすべて、一本燃え尽きるまで幾らで花代を仕切る習慣を利用しての、哀切な見事な下げです。

私はこの噺、若い二人は勿論かわいそうだが、辛抱役、憎まれ役の番頭も味わい深いと思います。前半は主役と言ってよいでしょう。聞きどころは、蔵から出た若旦那の一生懸命の嘘(神様に願かけて、お礼参りにゆくとの嘘)を、知ってか知らずか、まともに受けて若旦那の外出を許すところでしょうか。桂米朝さんの口演を聞くと、若旦那が花街に走ることを判りながら、出してやったとしか聞こえません。そうすると、親旦那に対して、申し訳が立たない道理ですが、百日の蔵住まいで、もう大丈夫の自信があったのでしょうか。ここら辺の演出の苦心を米朝さんに手紙でお聞きした事があります。

続く


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