復興17年
阪神淡路大震災からもう17年たちました。
神戸の間島一雄書店さんの間島保夫さんが、震災から2年後の平成9年秋に出された「罹災日録」を読み直しました。
淡々とした筆致の中から、静かな闘志、同業者の方やボランティアの人々への感謝の気持ちが、真水のように心にしみてきます。記録は、当日の朝から、平成9年6月20日(金)の目録原稿を印刷屋さんに渡すところまで。
娘さんを、1階が押しつぶされたアパートの1階部分から、かすり傷一つなく助け出し、しかもその日が娘さんの誕生日であったという劇的な場面から、すぐにご近所の方々の救出に向かわれた話、永田耕衣さんの無事を喜ぶ話、公民館を借りれて倉庫にする話、須磨区の14軒の風呂屋が4軒になった話、2月7日に組合で早くも組合主催の市が再開された話、売り掛けの本代金を担当の人が社長に掛け合って早く支払ってもらい、わざわざ届けてくれた話、倒壊したお店、サンパルのお店、大阪のお店の、いろんな場所での本との格闘の話、多くの良書が捨てられているのを目撃するが、置き場所の都合で救えない事を嘆く話、娘さんの高校入試合格の話、3月30日に51歳になられた話、徐々に各地の大市に出向く余裕を取り戻される話、ちょうど1年後の1月17日に新しい倉庫の地鎮祭を執り行われた話、8月31日に阪神高速神戸線(横倒しになった)が再開した話、そして、念願だった目録の再発行を伝えて、この貴重な記録は終わります。
間島さんは「がんばろう神戸」という、いつの間にか広がったスローガンに対しては、あまり良い印象を持っておられなかったようです。
もっと静かな、もっと素朴な、普通の人たちの普通の助け合いの尊さ、有り難さを間島さんは説いておられるように思いました。
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2012年1月17日 | コメント/トラックバック(0) | トラックバックURL |