うごめく

昨日書きましたが、パソコンの中に遠方の人がネットを通じて入っていろんな作業をしてもらうのは、不思議な感じです。



普段、私が操作している矢印のポインタが勝手に画面の中を動き回り、ウィンドウを開いたり、何かを書き込んだり、閉じたり開いたり、時々考え込むみたいに立ち止まったりしているのを見ていると、賢い生き物がパソコンの中でうごめいているみたいです。



背中がかゆいところに適切に指が伸びてきて、掻いてくれるみたいな、妙な気持ちよさ、二人羽織みたいなおかしさもあります。



何ともありがたいことです。



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フィーバー

文学不振が言われ続けて何年になるでしょう。そもそも大学の文学部が作られなくなり、先生も学生も減り、一握りの作家の本だけがバカ売れするような状況が続いています。つまり村上春樹さんの一人勝ち状態が当たり前みたいになっています。



ところが最近、ある文庫本がバカ売れしています。ガルシア・マルケス「百年の孤独」新潮文庫がそれ。マルケスはノーベル文学賞を獲った南米コロンビアの作家です。その殆どの作品は日本で翻訳され、多くは文庫本にもなっています。ところが彼の世界的な出世作と言って良い「百年の孤独」は1972年に翻訳単行本が出たきり、文庫化されずに今まで来たのでした。



それが6月に初めて文庫本になったということで、前評判から沸騰して、出された途端に重版が決まるというフィーバーぶり。



一時的なブームとして消えないようにと祈っています。



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ヘッセとトランク

カフカは未だに読みつがれているようですが、昔、若者必読と言われていたヘッセはさっぱりみたいです。「車輪の下」や「デーミアン」など、誰もが一度は本の名前くらいは聞いたことがあるはずです。ところが今では、彼が庭いじりをした話や読書などのテーマ別に文章を集めた文集が読まれているくらいではないでしょうか。



彼は青年向きの甘い恋愛小説家みたいなイメージを持たれがちですが、実はちょっとにがい厳しい作品のほうが多いほどです。「幸福論」などという文庫本もありますが、読んでみるとわかりますがハッピーなことはあまり書いていません。第一、「幸福論」は14ページほどしかなく、他は小品集です。



その冒頭にあるのは「盗まれたトランク」というあまり幸福ではない話です。旅先から家に送ったトランクが駅で紛失します。損害賠償の裁判のときに必要だからと、弁護士から品物と価格を書いておくようにと言われます。色々と列記してゆくと自分は大変な金持ちなんだと思い至ります。



つまり当時はドイツが第1次世界大戦で負けて、天文学的インフレに襲われていて、物も手に入らない状況だったのです。トランク自体や入っていた服、下着なども大変高く見積もられました。しかし彼はそんな物よりも40年愛用したハサミや友人から送られた手製の旅行用毛布など、かけがえの無い物を惜しむのでした。



ここを読むといかにもヘッセらしいつつましさにしんみりとなります。自分のことを振り返ると、こんなに愛用しているものがまわりにあるだろうかと自問してしまいます。ついつい100均ですましている安易さに気がつくのでした。



結局、駅の手違いでトランクは発見されてヘッセのもとに戻り、幸福な話になってめでたしです。



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無視されて

カフカの没後100年が昨日だったらしいです。どうりで新潮文庫から立て続けに2冊も新刊が出たわけです。



カフカは宮沢賢治と同じように、草稿の形で多くの作品が残されました。残された、という言い方は変かもしれないですね。実は彼自身は草稿のすべてを焼き捨ててくれ、と友人のブロートに依頼して草稿を預けて死んだからです。ブロートはカフカの頼みを無視して、自分で草稿を整理してカフカの作品として発表してしまったのです。



その整理の仕方がカフカの制作意志と少しずれているのではないかという疑問が少しづつ起こり、最近の草稿研究で整理し直されて、今までとは随分と作品の印象が違う翻訳が出てきているわけです。



カフカからすればどちらにせよ、俺の気持ちを無視しやがって、かもしれません。



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きしむ

昨日は参加している市会の当番日でした。事前に出る目録が少なめでしたので、そのつもりで行くと、なんのなんの、いつもに増して多くの出品で、出品台の上はてんこ盛りでした。



振りも盛況で、当日持ち込んでいただいた人文系の一口が大変な人気でした。やはりウブい品は魅力的ですね。



みなさん、たっぷり買ってタイヤを軋ませながら帰ってゆかれました。



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