天牛新一郎さんの話 その2
そのお客さん(仮にK氏とします)が大学生の頃ということですので、かれこれ50年ほど昔の話でしょう。
K氏がある日、天牛書店さんで一冊の本を見つけられて買おうとされました。書名は覚えてないが三木清の本だったそうです。帳場の天牛さん、本を受け取られて、ちらと表紙を見られるなり、
「あんた、この本読みなはんな」と言われたとのこと。
K氏は咄嗟には意味が呑み込めず、聞き直されたそうです。返事はやはり
「この本、読んだらあきまへん」
そこで天牛さんは段々と理由を話されたそうです。
戦後すぐの頃、敗戦のショックからか、生活難もあるかも知れませんが、哲学的にも煩悶して、多くの若い人が自ら命を絶たれたことに天牛さんは心を痛められたらしいのです。そして、そうした若い人の多くが三木清の著作に親しんでいたことが天牛さんの記憶に重く残り、K氏が買うのを制止されたとのことでした。
「三木さんの本読みはって、若うて死んだ人、ようさん知ってますよって」
多分若かりし頃のK氏は、本ばかり読んで悩んでいるガリガリの哲学青年に見えたのでしょう。
この話をK氏から聞かせていただいた時、感動したことが忘れられません。
タグ
2011年9月6日 | コメント/トラックバック(0) | トラックバックURL |
トラックバック&コメント
この投稿のトラックバックURL: