厄払いましょ
昨日は節分でした。
節分と言うと、「厄払い」という落語を思い出します。昔は年越しと節分がほぼ一致していたため年末に、ゲンをかついで、厄払いに祝言をべらべらと語らせて、気持良く新年を迎えたということです。力士の名前を織り込んだ相撲づくし、花の名前の花づくしなど、厄払いの文句も色々あったそうです。
この厄払いが、桂米朝さんによれば昭和初めころまで残っていたとのこと。そういえば私の祖母は明治27年生まれでしたが、若いころ厄払いが回っていたと言っていました。文句は落語のとはかなり違っていて、「お宅の裏の柚(ゆう)の木に~」とかなんとか言っていたらしい。
厄払いを頼んだ家は、お金と豆を紙に包んで渡すのです。豆は炒った豆です。
豆まきも炒った豆をまきます。生の豆をまいて万一地面から芽が出ては、せっかく払った厄の芽が出るということで困るからです。
落語の厄払いの文句に「浦島太郎は八千歳、東方朔は九千歳、三浦の大助百六つ」というのがあります。長生きの人を列挙して、長命を寿いでいるわけです。プロ野球の選手に三浦大輔さんがいますが目出度い名前ですね。
のんびりした時代でした。一度で良いから、外を通る厄払いを呼びとめてみたかったです。
「花づくしで厄払ろてんか」
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2012年2月4日 | コメント/トラックバック(0) |
振動厳禁
昨日で1月のツイン21での即売会は終了いたしました。寒い中、ご来場ありがとうございました。
古本屋さんは、即売会には、自分の運べる限度ぎりぎりの本を持ってきます。補充もしますので、会期が終了して持ち帰る本の数はあまり減ってません。来た時と同じように、そろそろとスピード控え目に帰ることになります。過積載にならぬように、気を付けてるつもりですが何しろ本は重い。ギシギシと車がきしむ音を立てるとびくっとします。
先輩の本屋さんから聞かされた、バネが折れたとかタイヤがパンクして立ち往生したとかいう苦労話が頭をよぎります。大体が通いなれた道が多いので、できるだけ、車が不用意にバウンドしないように、選んで走るのです。
岩城宏之さんのエッセーにある、ハープを運ぶ運送屋さんの話を思い出しました。
オーケストラの中で弾くにせよ、リサイタルにせよ、ハープ奏者は自分のハープを使うそうです。普段は自宅にあるのでしょうから、その都度運ばねばなりません。自分で運ぶ人はほとんど無く、運送屋さんの出番になります。東京の話でしたが、専門の業者さんが一軒あるとのこと。通常は普通の物も運んでるが、「ハープ運んで頂戴」とご指名が来ると、待ってましたとなるのでしょう。
ハープは振動を与えてはならないそうです。大体、楽器はデリケートですが、ハープは図体も大きいので、特に気を使うそうです。ですから、コンサート会場までの道路状況、道の凸凹具合などはすべて事前に調査済みとのこと。しずしずと、凸凹を注意深く避けながら、しかし迅速に運搬するとのことです。プロの仕事ですね。
本はそこまで神経は使いませんが、車のギシッ、ミシッはいやです。
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2012年1月29日 | コメント/トラックバック(0) |
出会った本は、逃がすな
何となく気になった本を買いそびれて後悔する。本好きの人は経験があるでしょう。
新刊書ならいざ知らず、古本の場合、文字通り一期一会の可能性は十分にあります。
今日、ある古書店さんの店先で、間章という人の本が、目にとまりました。「確か、ジャズ評論の人やったなー」と、いったんは手に取ったのですが、また戻してしまいました。
帰ってから調べてみると、中々見かけない本のようです。自分の相変わらずの不明を反省せずに、勉強しないので、こんなことは日常茶飯事です。「音楽本関係にも力を入れています」と、偉そうなことを言っていますが、その範囲の狭いこと。
吉川英治さんは「われ以外、皆、師なり」をモットーに生きられましたが、どんな世界でも、先達はあらまほしきものです。
ジャズ、ロック、歌謡曲、Jポップ。
これからも力を入れてゆきたい分野です。
なにはともあれ、明日一番に、間さんの本を買ってきます。
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2012年1月12日 | コメント/トラックバック(0) |