しょうかき

郵便受けを覗く時はちょっと楽しい気がします。郵便物もさることながら、色んなチラシが入っているからです。政治家の自慢げなチラシは一瞥もせずクズ箱に直行ですが、不動産や、新しく開店したお店、ちょっと怪しげな宗教関係などはつい見てしまいます。



最近多いのは不用品回収広告のチラシです。色んなものを無料で引き取るとうたっています。電気製品、パソコン、ワープロなども希少な金属が使われているらしく、書いてあります。ただし大型の冷蔵庫や洗濯機、ピアノなどはダメみたいです。テレビもだめ。こういったものは有料引取になると書かれています。



有料で引き取る品目の中に「消化器」が入っていました。びっくりしました。胃や腸などもお金を出したら持って行ってくれるのでしょうか。



古本 買取 大阪

タグ

カアー

最近、カラスが辺りに増えてきました。午後になると何十羽も空高く旋回しながらギャーギャーと鳴いています。日を追って数が増えているみたいで気持ちの良いものではありません。



山手の方に餌が少なくなったので、人間のいるところに来るのが増えているのか、よくわかりません。ここら辺りはゴミ出しにもネットを被せたりして漁られないようにしているので、そうそう餌が豊富とまではゆかないと思うのですが、どうでしょう。



カラスというと、ヒッチコックの映画「鳥」を思い出してしまいますが、人間を襲うあの場面みたいに、少しづつ集団化して出没されると少し怖い気がしますね。



古本 買取 大阪

タグ

2024年2月13日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:古本 大阪 映画 買取

ブルー

1924年の2月12日、アメリカ人の作曲家ガーシュインの作曲した「ラプソディ・イン・ブルー」が初演され、今日でぴったり100年目です。オーケストラとビアノのための曲で、短めのビアノ協奏曲と言えます。



ガーシュインはフランスで正式のクラシックの師匠にもついて勉強し、オペラも作曲していますが、なんとなくポピュラー系の作曲家に見られがちです。この「ラプソディ・イン・ブルー」も出だしがクラリネットのソロが音をズリ上げてゆくという、ジャズ的な曲想が奇抜です。



全体もジャズのムード一色ですが、コロコロ変わる曲想が自然で華やかで、聞き飽きることがありません。亡くなられた小澤征爾さんも若い頃から取り上げてこられた曲で、盲目のジャズ・ピアニストのマーカス・ロバーツのピアノでベルリン・フィルと演奏した録音が残っています。



日本でも山下洋輔さんや小曽根真さんが色んなオーケストラと共演を繰り返しています。



ジャズ、クラシック両方のアーチストから愛されている名曲ですね。



古本 買取 大阪

タグ

2024年2月12日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:古本 大阪 買取 音楽

いじめ?

小澤征爾さんが最初、外国で認められて、その余勢をかってN響に招かれて国内でも活動を始めますが、1961年に有名なN響ボイコット事件が起こります。小澤さんの指揮では演奏したくないと、練習に楽団員の誰一人出てこなかったのです。



双方の言い分には無理からぬ点もあるのですが、早く言えば若造のくせに生意気な、というN響側の反発が原因です。今から考えると逆パワハラになりかねないことを平気でしているわけです。そりゃそうですね。あの社長が嫌だから、社員全員が出社しないみたいなものですから。



まあ、歴史にもしもはないのですが、N響との関係がうまく行っていれば案外、彼は国内の活動に注力してN響の常任指揮者かなんかになって、朝比奈隆さんみたいな存在になっていたかもしれません。



ボイコット事件は小澤さんにとっては運命的な出来事になりました。彼も後で、つらく悲しかったが、結果的にかえって良かったと振り返っています。



古本 買取 大阪

タグ

2024年2月11日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:古本 大阪 買取 音楽

休んでください

小澤征爾さんが2月6日に亡くなられていたとのことです。私がクラシック音楽を聴き始めた頃、彼のレコードが少しづつではじめました。それも大手と言われるCBSやRCAやEМIからですから驚きました。私達の世代では、欧米の有名レコード各社から日本人の演奏家がレコードを出すことは大事件でした。それを小沢さんが初めて成し遂げたのです。



それどころかアメリカのいろんな名門オーケストラの常任指揮者に次々と就任し、一方ではヨーロッパでの活躍も華々しく、ついにはウィーン国立歌劇場の音楽監督にまでなりました。日本での活動も力を抜くことなく、サイトウ・キネン・オーケストラを立ち上げ、後進の指導にも全力を尽くし成果を挙げられました。



モーレツサラリーマンの音楽版みたいな生き方でした。彼が日本製のスクーターを提供してもらって、それで単身、ヨーロッパを走り回りブザンソンの指揮者コンクールで優勝したのがそもそもの始まりでした。小田実の「何でも見てやろう」に時代的にも一脈通じるものがありました。体当たりなんですね。計算した上の体当たり精神。



彼が日本の若手指揮者をボストンで指導していたとき、彼が与えたチャンスに対してその若手の取り組み方が消極的だと、その人をきつく叱ってこう言ったそうです。「自分(小澤)は与えられたチャンスを見逃したことは一度もない」



まあ、いつ回ってくるかわからないチャンスをモノにするためには、不断の努力が大切なことは言うまでもありません。外国で日本人が音楽の世界で成功するためには、努力とチャンスが同時に必要なことを彼は身を持って示していたのです。



音楽へのひたすらな献身でした。ご冥福をお祈りします。



古本 買取 大阪

タグ

2024年2月10日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:古本 大阪 買取 音楽

このページの先頭へ