来てくれました

昨日は関空へ、娘と孫たちの迎えに行きました。第1ターミナルに着くとのことでしたので、第1駐車場は混んでいるだろうと思い、第2駐車場に回ったのですが、こちらも照り付ける屋上しか空いてませんでした。



空港内は出発も到着も外人さんのグループばかり。日本人は何処に?状態でした。もうマスクなどしている人は一人も見かけませんでした。観光客の多くはTシャツに短パンという姿が目立ちました。実にお気軽です。ただ、手荷物は大きなバッグやトランクが2個とかですので、こちらは重装備ですね。



到着ゲートから娘孫の3人が出てきました。荷物は先に届いていますから、リュック一つのハイキング並みの軽装でした。孫たちの体重はだっこするとしっかり増えていましたが。



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スピードアップ

今日、千葉から娘と娘の子供二人、つまり3人の元気な女性が我が家に来てくれます。二人の子供は幼稚園です。夏休みが始まったので飛行機で成田から関空までひとっ飛びというわけです。



子供の行動ほど予測できないものはありません。怪我をしないかと、常に注意するのですがそれでも我が家に来ると、ちょっとした打ち身や擦り傷はできてしまいます。何しろ元気ですから歩くというよりも二人はいつも小走りで動きます。



私たち夫婦もこれに負けじとスピードを上げるのです。



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714

7月14日は内視鏡の日だそうです。語呂合わせですね。私は上部か下部かで年に一度はお世話になっています。日本で開発された医療機器のなかでもその貢献度はピカ一でしょう。



それまではレントゲンでしか見えなかった内臓の状態がSF映画「ミクロの決死圏」みたいに肉眼でリアルタイムに観察できるのですから、診断精度は格段に上がりました。



オリンパス光学で開発に携わっていた人たちを中心にした吉村昭さんの小説「光る壁」新潮文庫を読むと、その苦心がよくわかります。最初の頃の胃カメラは管が太くて飲む患者さんは苦しんだそうですが、今は細くて柔軟性の高い材質で作られていて、よほど楽になっています。



普段の健康管理に、お気軽に一度飲む事、入れる事をお勧めします。



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涼しくなったが

庭が雑草や野放図な枝の伸びで目も当てられなくなったので植木屋さんに来てもらいました。暑い盛りに申し訳ない事です。彼らは必ずぴったりと腕も足先も首筋さえも長袖の衣服や布で覆いつくして作業します。汗だらだらになるのですが、こうしておかないと、思わぬ虫にやられてしまうのです。



長年の鍛錬でしょう、炎天下、疲れも見せないでどんどんと庭をきれいにしてくれます。刈られた草や枝はトラックに乗せられて廃棄物として処理されます。昔は野焼きや野積みなどで処理もできたのでしょうが、今はそういうわけには行きません。この手間が大変だそうです。



涼しく刈られた庭はしばらくはその姿でいてくれるのですが、困ったことにまだ夏は続きます。



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末っ子

1925年の今日、作曲家の芥川也寸志さんが生まれています。生誕100年です。芥川龍之介の三男です。龍之介が自殺したのが1927年7月ですから、彼は満2歳になったばかり。ちなみに龍之介の長男で彼のお兄さん、俳優の芥川比呂志さんは1920年の3月に生まれていますから当時7歳、父親の記録もうっすら残っていたようですが、也寸志さんは父親の記憶は残っていなかったでしょう。



二人の間に多加志という兄弟がありましたが1945年にビルマで戦死しています。この人が最も父親に似て文学か絵画に進むかと思われていたそうです。芸術3兄弟です。



芥川也寸志さんは作曲家、指揮者、エッセイスト、司会者など幅広く活躍されました。大河ドラマの「赤穂浪士」のテーマ音楽でも知られています。父親の遺品のレコードで音楽に親しみ始めたといわれています。特にストラヴィンスキーの音楽に魅了されたらしいですが、芥川の遺品にあったのかは疑問がわきますが。



ともかくこの人と黛敏郎、團伊玖磨の3人がそろって日本のクラシック界に出てきた昭和20年代から30年代は飛ぶ鳥を落とす勢いだったそうです。作風も思想も後にははっきりと違いが際立ってきますが、当時は3人とも見栄えはする。弁は立つ、筆は立つで御三家みたいでしたね。



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2025年7月12日 | コメント/トラックバック(0) |

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